田園都市線上野原延伸 計画に至った経緯

委員長のnewrailは、少年期を、東急田園都市線、新玉川線、大井町線の交わる、二子玉川園(地名は玉川)で過ごしました。 数回、おなじ玉川でも転居しましたが、住むところに横には、いつも東急線が走っていました。高校生になり東京の区(玉川も区)に 引っ越しましたが、未だに東急の大ファンです。ちなみに委員長は今、アムトラックが通る線路の近くに住んでいます。 飛行機とコンピューターの町、というところです。

副委員長のほ〜り〜(仮)は、newrailの同期で、小田急線沿線(金持ちの多く住む区)に住んでいます。大学が神奈川県の市(近辺)に あるため、毎日お気に入りのBMWで国道246号をかっ飛ばしている(彼は慎重派です)好青年でもあります。

委員長が99年の夏に一時帰国したときに、副委員長とドライブに行きました。その時のルートが、相模湖、道志(半原の近く)を通って、 山中湖に行くといったものでしたが、その時に、「ここに鉄道通したったら、面白いべなぁ・・・」(普段は標準語です)という話しになり、 というか委員長が勝手に考え、冬に帰ったときに、委員長が副委員長に土下座して(嘘)、ドライブという名の調査に連れていって貰った訳です。

つまり、建設に至った経緯は、にあります。(謎)



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